次男を障がい児幼児施設へ入れるのは・・・

案外僕は、障がい者に対する偏見が無い。と思って過ごしてきた。
生い立ちにも関係してると思うが、知的障害の変な奴が身近にいる環境で育った。
小学生当時の自分は、偏見というものがあったり、いじめのようなことを実行していたかもしれない。
やっぱり、迷惑やなって思うようなことや、汚いなぁって思うようなことをその障がい児が行うものなのだ。


成人してからは、多様性こそ社会の魅力だと思うし、障がい者に対して偏見を抱くようなことは無い。
むしろ、ビックリするほど、健常者と障がい者の分け隔てなく、ブラックジョークをかましたりするものだ。
障がい者のことを笑ってこそ、バリアフリーやと思う。
差異を認識することで、差異をなくす努力ができると思う。


でもねぇ、自分の息子が障がい児であると認めるのは、なかなか精神的にツラいようだ。
だから、そうだとは認められないのだ。


うちの次男は正真正銘の発達障害である。
すごく厄介なやつだ。(もちろん、ものすごく可愛い。)
病院にも通院し、その先生から障がい児専門の幼児施設への転入を進められたのだ。
そして見学に行ったのだ。


そこは、見るからに、障がい児の施設であって、
幼児たちは様々な種類の障がいを背負っているのである。
ギャーギャーなっているのである。タオルを常に噛んでいるのである。
親心としては、その障がい児たちと自分の息子が同類であるとは、なかなか認められないのである。
事実としては、うちの次男よりも重度の幼児たちがいるのだが(中には同程度の幼児もいる)
同類であるとは、認められなくて、そういう自分の偏見についても認められなくて、
とにかくすごく疲れた。


しかし、他方でその施設に入園させるという選択肢もあって、
難しい選択を迫られています。


どっちにしてもBESTな選択ではないとは思う。
もっと、人間関係を気にしないような、田舎、というか森のような環境でこそ、
次男は活きるのではと、そいう幻想に近いものを抱いていたりします。
これからの社会を考えても、集団生活になじむことがそれほど重要だと思わないし。


そういう難しい判断を先延ばしにしたこと、
障がい児への偏見があること、
次男のことが好きであるということ、
の記録でした。


wishigrow