ファシリテーションが嫌いだ

ファシリテーションが嫌いだ。
先日も京都府の市民活動団体向けの集まりに参加したが、
やっぱり、ファシリテーションだった。


ファシリテーションというのは、会議のスキルの一つで、
たいがい、模造紙と付箋紙とマーカーが用意されていて、
みんなが付箋紙に意見を書いて、それを模造紙に貼って、
貼られた模造紙を見て、また意見を出すというのが多い。


今、行政は協働とか言って、市民と一緒になって動きましょうというスローガンを立てているので、
ファシリテーション技法は大人気。
行政が主体の集まりに行くとたいていやっている。いや、やらされる。


確かに、大人数の意見を公平に引き出す、いい方法である。
効率的だ。
みんなの意見を汲み取れる。
しかし、みんなの意見ってのは、たいしたことない。
ありがちで面白くない。
さらに言うと、みんなの意見を出し合って、それでどーすんのよ?
行政マンには意味あることかも知らんけど、参加者にはあまり意味がない。
意味があるとすれば、みんなに自分の意見を聞いてもらえたーって満足感が得られることかな。
でも、その場かぎりの満足感って、ダメやん。
何かを達成した時の満足感じゃなきゃ意味ないやん。


僕が今まで触れてきたやり方としては、
事務局が事業計画のたたき台をつくって、それを会議でたたくってやり方。
魂の込められた事業計画じゃなきゃ、会議が盛り上がらないって叱られたもんやね。
この方法の場合は、事務局が主体性を発揮して事業を推進するのだ、
すなわち、責任者が決まっている、だから話が進む。


というわけで、ファシリテーションはもう終わりにしようぜ。


wishigrow